令和6年度9月 こどもてつがく低学年 レポート なんでみんなウンコで笑うの? 

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てつがく屋

てつがく屋

2024年10月21日 21:06

立ち込める暗雲……

子どもたちがふざけて描いたと思いきや……

ホワイトボードにうんこが描かれています。子どもたちの仕業かと思いきや、なんということでしょう……その実態はファシリが嬉々として描いていたというではありませんか!

※以下、大変まじめなこども哲学の議論が行われるのですが、「うんこ」について語っているためどうしても「うんこ」というワードが頻出します。不快な方は、そっとこちらのページを閉じてくださいませ。

哲学対話をする上では重要な問いかけがいくつかあります。「どうして?」「たとえば?」「もし〜だったら?」などなど。その中でも今回は「くらべると?」というワードに注目しました。

まずはNHKの『Q〜こどものための哲学』のうんこにまつわる回をみんなで視聴しました。NHKのれっきとした教育番組で放送されたことからもわかるように重要なテーマなんですね(強調)。こちらの回のなかでは こんな問いがありました。

どっちがおもしろい?

問1
A 自分がしたトイレの中にあるうんこ
B 公園の滑り台の上にあるうんこ

問2
A 公衆トイレのうんこをひとりで見つけたとき
B 公衆トイレのうんこをみんなで一緒に見つけたとき

どうやら、おもしろいと感じるのは、問1、問2ともBになるようです。うんこが文脈次第で、おもしろくもなるし、おもしろくもなくなる。その違いを「くらべる」ことで探り当てていこうというわけです。

しかし、番組を視聴中のこどもたち……一切笑っていない!!!!

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今季イチの真顔を見せる子どもたち

会議室に暗雲が立ち込めます……。

ファシリテーターの弁明


中学生向けの授業も担当しているファシリ、そう中学生相手には、うんこは鉄板ネタなのです。うんこさえ出しておけば子どもたちはゲラゲラ笑うはず。完全にアテが外れて……どうするファシリ!?

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もう、自分が笑うしかない

「みんなはうんこで笑いますか?」(ピクリとも笑っていないこども達に問いかける)

「私はうんこでは笑わない。小さいときは、おもしろかったけど、今はない」

So cool.
すでにうんこが一周まわって、おもしろくない状態なのかな。中学生になって、もう一周回るとまたおもしろくなるのかも?

「なんで、うんこの話をしているの?「比べる」のは、うんこじゃなくてもできるんじゃない?」

なんというきちんとした!  そもそも論を!!

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「他の話でももちろんできるけれど、うんこの話でもいいかなって。みんなに共通することだから」とファシリテーターの弁明。

「どんなうんこだったら笑えそう?」と大人の参加者が問いかけてみました。

「絶対に笑わない!」

「誰かが肩に乗せてて、かわいがってても?」

「やめてって言う」(真顔で)

理解してしまったら、うんこはおもしろくない?

今回のテーマに関して、疑問に思ったことを書いて発表してもらいました。

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きちんとまじめに考えてくれる、こども達

「うんこはいつもするものだから、もう笑えない。最初は笑えたけど、もうおもしろくない」

「みんなうんこで笑うけど、私は笑わない。毎日やっているからおもしろくない」

「最初はおもしろいけど、毎日してたらおもしろくなくなるってこと?」

とってもいい疑問です。うんこに限らずそうかもしれません。

うんこがおもしろい条件とは?

どうして、うんこがおもしろい人と、おもしろくない人がいるんでしょうか?

「最初は意味がわかっていなかった。お兄ちゃんが笑っていたから、一緒に笑うようになった」

「赤ちゃんのときは、何もわからないけど、幼稚園になったらちょっとわかってくる。中学生になったらもう笑わないかな」

「うんこはちゃんと出さないといけないもの。ずっと我慢してたら、お腹にガスがたまったりして、熱が出るから。だから、意味がわかったら大切だと思って笑わない」

確かに、健康的な生活を送るうえできちんと出すことは大切なことです。でも、その大切さを理解しているはずの、大人でもなぜか笑ってしまうことがありますね。

うんこはタブー化している?

「男子とか、友達とかはうんこで笑う?」とファシリが問いかけます。

「学校ではそういう話、しないんじゃないかな」
「先生に怒られるからしない」
「お母さんにも怒られるし。下品な言葉は使わないでって言われる」

学校でも、家庭でも最近は話題にされづらいものなのでしょうか。では、どんな時に、うんこの話になるのかな?

「うんこの話は下校時に毎日してる。『うんこ出た?』とか、『どんな形してるん?』って」

あんなにクールな反応だったのに、学校を一歩出ると実は毎日していたのか……。

うんこを巡る斬新な仮説!!

「うんこの話を始めた人は、りんごと言い間違えたのかもしれない。好きな果物は?『うんこ』って」(斬新な仮説の提示)

「……それはないやろ」(提示された仮説の否定)

「うんこで笑う人と、お下品ってなる人と、2種類の人がおるんかな?」とファシリが問いかけます。

「あっそ、っていう人もいると思う」。

「同じ人でもうんこの話で笑えたり、あるときはお下品ってなることもあると思う」

「じゃあ、どんなときだったら、うんこの話で笑えるのかな?」とファシリが問いかけます。

「初めて会った人には話さない」
「みんなで一緒にいるときに、うんこがあったら面白いかも」
「友達とふざけたり、調子にのってノリで話してしまうことはある」

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うんことシチュエーション


「反対に、下品だと言われてしまうのはどんな時?」
とファシリ。

「友達が、ご飯中にうんこの話をしてたら、そんなこと言ったらだめやでって言われてた」

ご飯中に汚く感じるのは確かにその通りです。でもそれがなぜなのかは、改めて考えると不思議です。

どうやら、うんこがおもしろいか、おもしろくなくなるか、そもそも話題にできるかどうかは、

・人間関係
・時と場所などのシチュエーション

などなどが関わっていそうです。

「絶対にうんこでは笑わない!」言っていた子どもが、うんこを話題にしていると、やっぱりちょっと笑ってしまう場面も。

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おもしろくないと言いつつ、やっぱりちょっとおもしろかったようです

同じ人でもどうやら、笑えることもあれば、おもしろくない、下品だ、と思うこともあるようで。

笑えることもあれば、下品だと怒られることもある。こんな両極端な反応を引き出せるポテンシャルがあるのは、やはり、うんこしかないのかも。うんこについて話してよかったよね、ねっ! 

小学生の低学年だと、どちらかというと、うんこにはクールな距離感を取っている様子でした。教室の慣れ親しんだ友人関係とは少し違うことも関係していたかもしれません。

中学生になると一周回ってまたおもしろくなるのかもしれません。メリーゴーランドのように回り続けて、距離が近くなったり、離れたりするのが、うんこという存在なのでしょうか?

なんだかお腹がグルグルしてきました……。

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